2014年10月23日(木)

福山市鞆の浦の古い街並み 破壊しようとした広島県と福山市

都市鑑定アドバイザリー(株) 不動産鑑定士 田中祥司

 10月に福山市鞆の浦(とものうら)を訪れる機会がありました。良く鞆の浦のことも分からないままレンタカーで訪れ、道の狭い旧市街地に入り込み往生しました。この江戸時代から残った自動車が入りにくい街並みが、鞆の浦の最大の財産と直ぐに知りました。

 古代大和王朝の時代から、船での往来は主要な交通手段でした。しかし船造りの技術はまだ高くなく、風に負けない強い帆(布生地)も無い時代なので、外洋を行き来することはできません。その時に大きな役目を果たしたのが、瀬戸内海の内海です。本州と四国に挟まれた海域は外洋(太平洋)と違って海は穏やかで、無数の島もあるのでいざと言う時にも安心です。

 瀬戸内海は、潮の流れが定期的に変わります。潮に乗れば船がスムーズに進み、潮に逆らえば進めません。従って船乗りは上手く潮の流れに乗れるよう潮目が変わるのを港で待ちます。これが潮待ち港です。また風の流れが変わるのも待ちます。鞆の浦はこうして、潮待ち風待ち港として古代より瀬戸内海最大の港として栄えてきました。江戸時代でも北前船が行きかい繁栄を続けました。

 薬用酒の保命酒で一大豪商となったのが、中村吉兵衛氏です。鞆の街には、今も保命酒を売るお店が何件も並んでいます。福山城にいた歴代の殿様が観光で鞆の浦に来ると、中村家が宿泊所になるくらいの家だったそうです。明治に入ってから商売は傾き、同地で廻船業を営んでいた太田家に屋敷が継承され現在も太田家として残っています。この太田家は見学でき、ちょうどボランティアガイドさんが丁寧に説明をしてくれました。

CIMG0461薬用酒の保命酒を売る酒屋さんが建ち並ぶ

CIMG0479

太田家住宅

 幕末に瀬戸内海で船同士がぶつかる海難事故が起きました。土佐海援隊隊長だった坂本龍馬が伊予大洲藩から借り受けた西洋式の蒸気船「いろは丸」。最初の航海で鉄砲を運ぶために長崎から大阪に向かっている途中備讃瀬戸の六島で紀州藩の明光丸に二度にわたって衝突され、いろは丸は沈没してしまいました。その後、紀州藩家老と坂本竜馬一行は双方鞆の浦にとどまり、何度も賠償交渉が行われました。

 この海難事故の交渉で、坂本竜馬が鞆の浦に留まり、紀州藩家老と直談判をします。結果的には坂本龍馬のしたたかな交渉で、天下の御三家から賠償金七万両を受け取ることで決着しました。そういえばこの場面はNHK大河ドラマで見ました。紀州の家老役がマフラーねじねじ巻の中尾彬でした。 

 「福禅寺・対潮楼」は今も鞆の浦の素晴らしい景色を一望できます。窓枠から見える弁天様のある島を眺める風景は、一枚の絵画となっています。 

CIMG0473

福禅寺・対潮楼の座敷から弁天様を見る景色

 この誰もが残したい素晴らしい景色を壊そうと言う戦いが最近までありました。あろうことか、一番景観を守るべき立場にある広島県と福山市です。30年以上前にできた計画で、「古い町並みの残る鞆地区を東西に結ぶ県道47号線バイパスを建設する。港の両岸を埋立てと橋で結び、同時に下水などのライフラインや近代的港湾施設や公園などの整備も行い地域活性化を図る。」と言う内容です。しかしその計画は、地元の人に言わせればただ単に古い街並みを壊したい、そういう無謀な内容でした。

 当然多くの人が反対しました。いろいろ計画を変えながら、広島県と福山市は2007年に一方的に埋立免許を申請。これに対し計画を望まない住民は広島地裁に提訴します。広島地裁が出した判決は、鞆の浦には景観利益があり、広島県の埋立免許を差し止めると言う住民側完全勝訴です。国(国土交通相)もどちらかというと住民(開発反対派)寄りで、「埋立には国民的合意が必要」と異例の声明を出しています。

 宮崎駿監督が「崖の上のポニョ」の構想企画をしたのが鞆の浦ですが、宮崎氏自身がこの埋立計画に反対し、何とか守りたいからポニョの映画を作ったと福山市関係者から聞きました(真偽は不明)。宮崎氏自身は2005年に2か月鞆の浦に滞在して執筆、2007年に映画が公開されています。映画の大ヒットで、鞆の浦で行われようとしていた無茶な計画も世間には知られたようです。

 2012年6月になりようやく広島県知事の湯崎英彦知事(東大→スタンフォード→通産省→アッカネットワーク、2009年知事に当選)が、埋め立て架橋計画を撤回し、原風景への影響が小さい山側にトンネルを整備することになりました。良かった、良かった鞆の浦。

 湯崎氏は優秀な知事と聞いていましたが、景観を壊したい人達のしがらみで進んでいた計画を変えるには、少し時間が必要だったようです。

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