2016年7月17日(日)

エドワード・ルトワック氏による「中国4.0 暴発する中国帝国」

都市鑑定アドバイザリー(株) 不動産鑑定士 田中祥司

 米国ワシントンの大手シンクタンク「戦略国際問題研究所」元上級顧問のエドワード・ルトワック氏による「中国4.0 暴発する中国帝国」(文春新書)を読みました。中国の南沙諸島におけるフィリピン、ベトナムとの軋轢が非常に拙い戦略であり、中国の対外国戦略が稚拙であることが分かりやすく書かれています(実際には訳者となっている奥山真司さんがインタビューしてまとめたのが本書) 

・ある国家が台頭(対外的存在が大きくなる)し始めると、その国がどんなに大人しくしていようと、他国がその状況に刺激されて周囲で動き始め、その台頭した国に対して懸念を抱くようになる(日露戦争勝利後の日本も他国から脅威とみなされた)。これが「戦略の論理(ロジック)」である。

・1972年以降のアメリカの対中政策は、「あらゆる面で中国の国力増加を手助けし、ソ連への対抗勢力に育てる。」ということだった。この流れに中国はうまく乗り順調に経済発展を遂げた。その過程で、中国は国際的な規範や制度、法律などをよく守り、WTOやIMFにも加盟し、結果として誰にも脅威を与えなかった。北京のリーダーたちが合理的な費用対効果を計算し、米国、日本、欧州から支援や投資を受けることができた。平和的台頭に成功したこの時期を「チャイナ1.0」とする。

・しかし、リーマンショックの2008年以降、力で他国をねじ伏せようとする戦略を前面に打ち出してきた。アメリカの経済的変調により、中国が世界一の経済大国になるのに25年と言われていたものが、あと10年で達成できると思い込んでしまった。この方針転換を「チャイナ2.0」とする。

・「経済力=国力」と勘違いしてしまった。外交分野で実践されると、「小国のところまで出向いて金を渡せば相手は黙る」という勘違いにつながる。中国のエリートたちは、「経済力の規模と国力の間には線的(リニア、比例的)な関係性がある」と思い込むひどい間違いをしてしまった。経済力が発展し、その後遅れて国力(他国への影響力)は付いてくる。経済力の衰えた英国にいまだ国力のあるのは良い例。

・中国は資金を豊富に与えることでミャンマーは黙るはずだと勘違いし、アメリカに対しても中国の大規模なマーケットをちらつかせれば態度を変えるだろうと見誤っている。外交においても「経済力を使えばごり押しできる」と考えて、大きな間違いを犯している。

・2000年以降も年率10%以上の経済成長があと20年続くと勘違いさせてしまった大きな原因は、ゴールドマンサックスのレポートにある。ゴールドマンは自分たちの金融商品を売るがために、「BRICs」というアイデアを作り、この話をまんまと信じてしまった。リーマンショック以降は、アメリカの経済下降は10年続き、同時期中国は二ケタの経済成長をすることでアメリカを逆転できると信じていた。

・南シナ海の領土を主張した「九段線」は、中国共産党が政権をとる前の蒋介石率いる中国国民党描いた11段線が元になっている。根拠のある海域ではなく、単なる「夢」や「願望」として描かれた地図。この荒唐無稽な主張も経済大国となった今は、金で実現できると思ってしまった。

・大国は二国間関係を持てないことも理解していない。中国がベトナムと外交的もめ事を起こせば、ベトナム側を助けようとする国が出てくる。インドもベトナムに接近し、ベトナムがロシアから潜水艦を買うとなると、自国の訓練施設をベトナムに提供を始めた。オーストラリアも軍事上のインテリジェンスの共有をベトナムと始めた。中国がフィリピンともめ事を起こせば、日本はフィリピンの沿岸警備隊に中古の巡視船を譲り渡している。

・中国が弱小国に圧倒的立場から交渉を行える(自分の意のままに扱える)と考えてしまったことが間違い。小国は影響力の少なさから大国との関係を持てるが、他方で大国は小国と二国間関係を持つことはできない。中国に睨まれた小国を助けるために、他の大国が介入し始める。中国が大きくなればなるほど、それに対抗する同盟が築かれる。これが「戦略の逆説的論理(パラドキシカル・ロジック)」である。中国が大きくなっても「平和的台頭」でなければかえって立場が弱くなってしまうことが容易に起こる。立場を強めるために軍備を2倍にしてもその方策は成功しない。それに対抗するために同盟国の規模が3倍になるかも知れないからだ。大国は小国に勝つことができないのだ。

・フィリピンは元々旧宗主国アメリカに対して反米感情が強く、親中派だった。フィリピンのエリートたちの大多数を中華系が占めている。そのフィリピンも中国の強引な主張により反中になってしまった。中国は南シナ海へと進出し、フィリピン領の小島を占拠するという愚かな戦略により、フィリピン全土に影響力を獲得するチャンスを逃してしまった。

・ベトナムは中国海軍に海上で一方的にやられているが決して降伏しない。別の手段で報復している。中国人旅行者やビジネスマン、大使館への集団的暴行。中国系の店や工場に火をつけたり、船を沈めたりする。こういう行為をベトナム政府は事実上黙認していた。

・中国が日本に対して失敗したのも、「自分たちに都合のよい日本」を勝手にでっち上げたことが原因。日本のビジネスマンは貪欲で、中国の巨大市場なので、企業側が日本政府に圧力をかけ、日本の政治家も腐敗しているので企業側の言うとおりにするはずであった。

・2014年秋になると、中国側もチャイナ2.0が完全な間違いであることにようやく気付いた。太平洋を中心に「反中同盟」が結成されてきたからである。ここで抵抗が無いところには攻撃に出て、抵抗があれば止めるという「選択的攻撃」に方針を変えた。この方針を「チャイナ3.0」と名付ける。日本、ベトナム、インドに対しては攻撃的姿勢を控え始めている。

・他国と平気でもめ事を作り出してしまう原因は、中国が「内向き国家」だという点にある。中国のような巨大国家は内政に問題が山積みしており外政に満足に集中できない。中国の「天下」という考え方も問題がある。天下とは中国が大国であることを周辺の小国が認めるという世界観である。慢性的な内向き思考は治癒が不可能なほど根深い。世界の要人が毎日のように中国を訪れ、習近平、李克強たちが面会するシーンがテレビで流されている。それが外交であり、中国は世界の中心にあり、中国は偉大な大国であると知識人まで信じてしまっている。

・中国にとっては、ここで提案する「チャイナ4.0」が、中国にとって究極の最適な戦略である。一つは例の「九段線」の主張を取り下げ、南シナ海の領有権の主張を放棄すること。もう一つは空母の建造を放棄すること。これによりアメリカの警戒感を解消できる。しかし、このような政策の変更は、人民解放軍も民族主義者も不満も感じ、中国の面子に傷をつけてしまう。現在の中国では実現不可能な戦略である。一般に外国についての理解度は、国の大きさに反比例する。中国は外国を理解できず、それゆえ外国とまともに交渉できない。

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