2017年6月25日(日)
中国経済2017 大衆資本家たちのイノベーション
2017年6月22日に日比谷図書館4階小ホールで、丸川知雄先生(東京大学社会科学研究所教授)による、「中国経済2017 大衆資本家たちのイノベーション」という講義を聞きました。想像以上に逞しい創業者たちが大勢いて、工業、サービス業の分野で猛烈な経済発展が進んでいることを知りました。議論だけしていて何もしない日本の大企業とは異次元のスピード感です。講義内容をざっくりまとめてみました。
1.中国は何主義?
・中国は一体何主義だろうか?社会主義か、資本主義か、社会主義市場経済じか、国家資本主義か?レッテルをどう貼るかよりは、変化の趨勢を見ることが大事である。結局、政治の一党支配と国民経済の基幹部分への党・国家の支配は揺るがないが、民間活力の導入できるところは最大限に導入していく。すなわち、社旗主義市場経済と言う表現が一番しっくりくるだろう。
2.中国経済のダイナミズムを生みだす「大衆資本主義」
・中国の民間企業はほとんどが1980年代以降に設立された。創業者が社長をしており、今は二代目が専務などをして引継ぎし始めている状況。
・中国では今も創業が盛んに行われている。2000人対象の創業に関する調査が世界的に行われているが、ずうっと中国がダントツに1位。2011年の調査では24%、4人に1人が創業している。同じ調査で日本では2%から5%しか創業にチャレンジしていない。中国で創業率が高いのは、生きるために仕方なく創業している人が多いため。農村では仕事もなく、自ら創業して仕事を作り出していかないと生きていけない。同じようにアフリカ諸国でも生きていくために創業率は高い。創業して成功した人が近くにいれば、触発されて真似て創業する。
・1950年代の中国では、文化大革命により民間企業は根絶された。これが1978年の解放政策により自営業を営むことが公認されるようになった。最初は疑心暗鬼だった国民も1997年以降は安心して創業できるようになった。ただ何でも自由に商売できるわけではない。金融、保険、通信、鉄道、石油などは今でも国営企業が独占し、民間企業が入りづらい産業である。また銀行融資は今でも国営企業中心に行われている。日本では中小企業への融資比率は64%あるが、中国の中小企業と似た概念の小微企業への融資比率は27%に過ぎない。
・近年になりとてつもない規模の民間企業が出現し始めた。代表格がアリババで、時価総額3000億ドルある。トヨタが1700億ドルだからトヨタの2倍近い時価総額。創業者Jack Maは元々英語教師だった。最初にHPを作って、中国企業を海外に紹介する事業を立ち上げた。事業が上手く行き始めると、一緒に共同経営で参加してもらった国営企業に事業ごと乗っ取られてしまった。このようなことがもう一度あり、1999年にB2B(企業間)電子商取引を行うアリババを創業した。以前靴下の販売を行ったことがあり、この時に取引していたのが義烏小商品市場。ここに来ると様々な安物の商品を卸しで購入できた。個人向けではなく、企業間の商品取引をネット行える場としてアリババをスタートさせた。
・浙江州は創業が盛んな地域で、その中でも温州市は一番独立心が高い。1970年代の民間企業弾圧下でもヤミ工場が多数あった。バルブメーカーだけでもその当時1000社以上あった。
・温州市ではその後も続々と新しい産業が生まれた。ボタン、スイッチ、バッジ、ラベル、靴、カバン、人造皮革、不織布、ライター、自動車部品等々。誰かが成功すると次々と真似て創業する人が出てくる。生ききていくために成功者の模倣をしていく。これにより一気に産業集積が進んでいく。
・暫くすると他の人と同じことをしていても儲からないので、違った方面に回って商売するようになる。自分は販売に回ろう、部品を卸す会社にしよう。こうして市場ができて、分厚い産業集積が進んでいく。誰に言われるともなく分業が進む。例えば靴の製造でも、何百種類の踵(ヒール)だけを専門に売る卸し会社などが現れる。靴のひもだけ、靴厚底だけ売る会社もある。自生的なエコシステムと言って良い。部品の調達がしやすいので創業もしやすくなる。
・華為技術(ファーウェイ)の創業者は、人民解放軍の通信技術者だったレン・ツェンフェイ氏。1987年創業で、最初に内線電話用の小型電話交換機を輸入する商売だった。その当時、深圳には同業者が200社以上あった。この程度の小型電話交換機を作るのは容易かったので、暫くしてメーカーになっていった。その後スマホを作るようになり、今ではアップル、サムソンに次ぐスマホ大企業となっている。
数千人の技術者を雇用しており、技術研究を行っている。世界中の全メーカーの中で、2014年、2015年に特許出願数1位となっている。日本の大企業は出願数では全く太刀打ちできていない。現在東莞市に巨大な研究所(R&D)を建設中。
3.大衆資本家のイノベーション
・隣人の真似をしながらイノベーションに結び付ける。模倣が多いからこそ、隣人と違うことをしなければ生きていけない。スマホでもSIMカードを一か所だけでなく、2か所、3か所に入れられるようにしたスマホを開発。「りんごの皮」という仕組みは、アップル社のアイパッドにカードを貼るだけで通信可能にできる仕組み。競争が激しいので次々と新しいアイデアが生まれている。
・ドローンも未だに何に役立つか分かっていない状況だが、現時点で中国全体でドローン開発に邁進している。中国の世界市場におけるドローンのシェアは6割から7割に達している。ドローンのトップメーカーであるDJIは、ユーザーから何に役立つか需要を吸い上げながら新しい使い道を探している。
・日本では全く普及しなかった腕時計型端末(ウェアラブル端末)にも力を入れて研究している。誘拐も多いという事情もあるが、子供に持たせる需要を作り出している。子供に持たせれば、子供がどこにいるか分かる。
・日本では電動アシスト自転車が普及したが、現在中国では電動自転車が猛烈に普及している。電気で走るオートバイのような自転車だ。日本と違って低価格で、約3万円くらいで売られている。電動自転車は年間3000万台くらい作られている。
・中国で最近流行っている言葉に「maker」という言葉がある。アイデアを自ら製品化・商品化しようとする人たちを言う。多くの民間企業が集まり、多くのアイデアが生まれているのが深圳市。メイカーたちが集まるスペースが200か所ある。深圳では、メイカーの人たちに補助金(160万円から190万円)を出し、創業を応援している。メイカーの人たちが次々と新しい会社を作っている。これが深圳の活況を生んでいる。成功した企業がベンチャーキャピタルとなり、創業したばかりの会社に資金を入れている。こうしてアイデアがあれば会社が大きくなれる仕組みがあり、経済が回っている。
・首相の李克強も大衆資本家の経済活動を称賛している。
・メイカーのアイデアを実現するために、これを助けてくれる企業も多数ある。部品一つ取っても、様々な部品を供給できる会社があるので商品開発も迅速にできる。
・アップルの高級・高額スマホばかり売れているような国は世界中で日本だけ。他の国は低価格のスマホが売れている。インド、フィリピンなどでも自国のスマホメーカーが大きなシェアを取り、低価格のスマホを販売している。インドのマイクロマックスなどは有名だ。ただこれらのご当地スマホメーカーができる仕組みを助けているのは、中国のスマホメーカーである。中国のメーカーがスマホ心臓部品を大量に輸出し、組み立てをその国で行っている状況。中国のスマホメーカー、部品会社の協力なくしてはインド、フィリピンでスマホは完成できない。
・新たなサービス産業も爆発し始めている。ライドシェア(中国版ウーバー、白タクサービス)も広がっており、1000万台以上登録がある。キッチンシェア。自分の食べたい料理をネットで注文する。その注文に対して家庭の主婦が料理を作ってくれる。お金儲けということもあるが、自分の娘への婿候補を探すために独身男性に料理を作っている人もいる。
・今の中国で急激に伸びているのが自転車シェアリング。中国以外でも実証実験しているがあまり上手くいっていない。東京でも実証実験が進められているが、借りる場所が少なく元の場所に返さないといけないなど使いづらい。中国はどこで借りても、どこで返しても良い仕組みなので使いやすい。運営にもコストを掛けていないので、ビジネスとして成り立つ。
・自動販売機もコインが使えないで、スマホでしか決済できない物もずいぶん増えている。スマホをQRコードにかざして決済する。屋台でもスマホで決済できる場所も出てきている。
・起業家精神が強いことが中国の最大の優位性と言って良い。一昔前までは人件費が安いことが優位性だったが今はそうではない。中国の起業家精神を無視しての中国論には欠陥がある。
・従来の中国のイノベーション先導役は国家・国有企業であったが、大衆資本家が色々なサービスを作り始めた今、今後の中国経済成長を担うのは彼らMakerと言える。
・政府の規制が厳しすぎると新しいサービスは生まれない。中国の緩い規制が新しいイノベーションを作るにはちょうど良いのかも知れない。新しいものを積極的に試す消費者がいて、新しいものの存在を許してしまう緩い規制といった条件も重要である。
ちょっと儲かると思えば、大勢の人がばっと飛びついて猛烈な競争を繰り広げる。多くの挑戦者が失敗したとしても、生き残った僅かな人たちが進化して世界市場を席捲していく。かような大衆創業者のダイナミズムが猛烈に繰り広げられていることを理解しないと、今の中国、将来の中国を正確に判断できないのでしょう。
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